安い出会い
航空会社としては、運ぶ約束はしているが、必ずしも同じ便で運ぶ確約はしていないのだ。
さて、このスーツケースがめでたく戻ってくれば問題ないのだが、いや多くの場合戻ってくるのだが、万一なくなった場合、航空会社からの補償は、荷物一キロ当たり二〇ドル、太平洋路線では一個六四〇ドル、二個一二八〇ドルが限度となっていることをご承知ありたい。
こうして組立てられたパック旅行とはどんなものなのか。
私がワイフと旅した、「エジンバラ・湖水地方と伝統香る英国紀行8日間」(二〇〇〇年一一月二~九日)のツアーをここに再現してみよう。
第二章、リサーチのすすめで検討した高いパックと安いパックから、安いパックを現実に検証した旅だ。
北はエジンバラから、さらに湖水地方ストラトフォード・アポン・エイボン・コツウォルズと回って、南はロンドンまで八日間、機中の日時を除くと実質五日間になる。
このコース、八月二四日が、二六万八〇〇〇円で最高値。
私が行く一一月二日は、一七万八〇〇〇円で最も安く、その差は九万円となる。
渡された航空券から元の料金をあぶり出すと、二〇万八二〇〇円だから、普通に考えれば航空料金だけで既にツアー料金をオーバーしていることになる。
さて、どんな旅になるのか。
まず、前泊成田から出発する場合、車で行く人の多くは有料駐車場に車を預ける。
私も以前はそうだった。
その場合、帰国するとこんな風になっている。
迎えのバスで駐車場に帰り着く。
よく見ると自分の車が出口で、エンジンをかけ、ライトを点け、トランクを開け、いかにもご主人様お帰りなさいという演出で置かれている。
はじめてこの光景を目にした時、びっくりしたのを通り越して、少し憤りを覚えた。
自分の車は自分の子供のようなもの。
攻を冠ってひっそりと主人の帰りを何日も待っていてほしい。
持ち主の自分が攻を払い、自らエンジンを掛けてやりたい。
先きにも記述したが、ある時などは、逆に、野っ原の駐車場に移されていて、知らぬ間にタイヤに穴を空けられていたという目にも遭っている。
またある時は、渋滞に巻き込まれ時速一三〇キロで滑り込んだ経験もあり、今では必ず前泊することにしている。
ホテルに前泊することは、意外なメリットもある。
繰り返しになり恐縮だが、例えば今回の例でも、旅行会社が斡旋する駐車場は割引きで、八日間八八〇〇円。
同じくホテルの方は一泊六〇〇〇円で、しかも車は一四日間無料で置いておける。
しかもこちらの方が安全。
帰って来た時、ゆっくり洗面所やトイレを使えるのもありがたい。
前泊した朝、しばらくぶりに第1ターミナルへ。
店も増えたが、やはり第2ターミナルにくらべ、どこか寂しい。
遅れて、一時四五分に出発した便は、日没に追いすがりながら一三時間弱のフライトを続け、ロンドン・ヒースロー空港へ。
陽を迫って西へ夕方六時。
機外のシベリアは今、何時なのだろうか。
薄明かりの中ジャンボの翼端に立っている整流板だけが、妙に美しいシルエットを空中に輝かせている。
翼下の二台のロールスロイス・エンジンが猛烈な排気雲を後ろに流している。
そこはマイナス五〇度以下の世界だ。
どうしてエンジンは動き続けられるのだろう。
南回りだと、着陸した地上は逆に三十数度、いや、時には四〇度にもなっている。
一日の中でこの繰り返しを続けながら飛べる飛行機とは不思議な生き物だ。
今、下に一条の白い道が見える。
それもまっすぐな道だ。
他にはうっすらと雪を冠ったツンドラの森、森、森。
ここで、冷たいオレンジジュースのサービスを受ける。
1機は落ちて行く太陽を迫って、負けじと西へ西へと疾走する。
かすかにエンジン音が聞こえてくる。
右翼端の整流板に、今度は夕陽が当たっている。
見おろせば地上は白一色。
と、その中に蛇のようにくねる川が、よほど平地の連続なのだろう。
所々にオレンジの灯が見える。
あの灯と灯の間に人家はないのか?どんな暮らしをしているのか。
なぜ、あそこに電気がきているのか?機内では、つまらない映画をやっている。
しかも大画面一つで。
機内の映画も、外国では評判だが、日本ではまだという映画が時には楽しめることがあってうれしいのだが。
かつて、スピードやブラッド・ピットの新作をイチ早く観て、娘にうらやましがられたのは、いつ、どの機内だったか。
ところが、その帰りに乗った同じBAの機内では新作をやっていたのだ。
しかも各席液晶画面付きで、往きと帰りとで、このサービスの違い。
こんなこと日本人の感覚では理解できない。
イギリスは不思議な国だ。
ロンドン・ヒースロー空港からエジンバラへは、さらに一時間の乗り継ぎが待っている。
思っていた以上に印象的な風景だった。
秋色の中に、古いものと新しいものが共存する美しさ。
朝、はじめて見たエジンバラは、英国はロンドンしか知らなかった者にとって、イギリスのもう一つの姿を見せてくれた。
新と旧が対立しっつ調和している。
京都-それに近いコンセプトの街か。
エジンバラ城やホリールード宮殿が今でも女王や軍によって使われているのは、京都御所や二条城とは違うかもしれないが。
それにしても、ここでは、世界遺産に登録されているということもあろうが一六世紀の家が今も生き続けている。
煙突一つにしても昔の姿が守られ、そのまま暖炉に使われているものもあるという。
日本には、そもそもこうした発想はない。
新しく生まれ変わることによって新しい生命が宿る、という伊勢神宮の遷宮(二〇年ごと)こそが日本の思想だと考えると、日本人がイギリス人とどう発想が違うのかを、こうした風景がくっきりと表しているのではないか。
ここに見るエジンバラ城は、日本のどこか弱々しく優美な城とも、想像を超えたスケールを見せつけるフランスのモンサンミッシェルとも違う。
その圧倒的な威圧感はアングロサクソン特有のものか。
やはりなんともまずい昼食に、なんだかよくわからないものが出てきた。
固まっていないハンバーグのようだ。
でも、ちょっと舌触りが違う。
ガイドも「今日のお昼は肉料理です」としか説明していない。
肉は好きなので、まずいとは思いつつ、食べる。
ほとんどの人は残している。
後から説明があり、これがスコットランド名物のハギスだったのだ。
ただ、このハギスは変形で、羊の胃袋には包まれておらず、その中身だけが出されたものらしい。
気を利かせてくれたのだろう。
本来は、羊の肺、心臓、肝臓などをミンチにし、タマネギのみじん切りなどと塩・胡椴を加えボイルしたものが、その胃袋に包まれて供されるのだという。
ガイドなどは、はじめから別メニューの肉料理を頼んでいたのも、後から考えるとうなずける。
よく、イギリスの料理はまずいといわれる。
確かにそうかもしれない。
朝食のベーコンやソーセージ、ポテトなどはどこで食べてもおいしいが、料理と名が付くとどうもいけない。
有名なフィッシュ・アンド・チップスだけは話の外に置くとしても、味に関してセンスが感じられない。
英国版ポテトチップスのクリスブスも、塩と油がきつい。
トニー・マイエールというフランス人が書いた『イギリス人の生活』(訳・大塚幸男、クセジュ文庫)は、こう書かれている。
概して、イギリスの料理は非常にまずい。
よい料理の何たるかをも知らない。
しかしとりわけ、イギリス人は自分たちの食料のために骨を折ったり金を使ったりすることを拒む。
食べたいと思う時刻に、食べ慣れた食物が十分な量だけ食べられさえすれば、彼らはそれ以上のことは求めない。
なんということだ。
どうも、旅の始めに暗い話題に入ってしまった。
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